Interview with Shinsuke Mitsuoka, the designer of liberum arbitrium

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期待の新人ブランド「リベルム アルビトリウム」へ本邦初インタビュー!


Roots 1:ファッションとの出会い、デザイナーへの憧れ。

「最初は『デザイナーになろう!』とも思っていなくて、単純に服と関われる仕事をしたいと思いました」

学生時代のデザイン画

ファッションに興味を持つようになったキッカケはなんですか?

中学2年生くらいから、雑誌や友人の姉の影響ですかね。当時の東京コレクションのブランドを知ってから、お年玉を遣って「20471120」や「beauty:beast」の服を着ていました。高校生になると、当時ブームだった裏原系やスケーターファッションに興味を持つようになって、朝から「APE」や「UNDER COVER」を並んで買っていました。

ファッションに興味を持つようになったのが早いですね。それから、いつ頃からファッションの仕事を目指そうと思いましたか?

最初は「デザイナーになろう!」とは思っていなくて、単純に服と関われる仕事をしたいと思っていました。そして、専門学校に進んで授業を受けていく内に、自然とデザイナーへの目標が生まれてきたんだと思います。その後、神戸ファッションコンテストと装苑賞にノミネートされ、神戸の方でノッティンガム・トレント大学の最終学年に編入できる副賞を頂いてイギリスへ渡りました。

Roots 2:海外の文化に触れ、自信と課題に向き合う。

「『日本人だって、やれば出来るんだよ』っていうのを見せたいですね」

ノッティンガム時代の作品

ノッティンガムでは最終学年に編入したそうですが、授業はどうでしたか?

イギリスに渡ってからは、最初はとにかく苦労の連続でした・・・。まず留学生なら皆さんぶつかると思うんですが、語学の壁に頭を悩まされました。向こうの大学の最終学年はほとんど授業らしい授業はなくて、卒業制作に向けての週に何回かのプレゼンテーションのみでしたが、最初はこのプレゼンテーションにも頭を悩まされました。手元にデザイン画やトワルはあるので、大まかな外枠は伝わるのですが・・・細かなディティールを伝えるのに苦労したのを覚えています。

日本の学生との違いやレベルはどう感じましたか?

レベルについては、日本のファッションの学校とそこまで大差はないと感じました。むしろ、手仕事的な技術では日本の学校の方が明らかに長けていると思います。その代わり、向こうの人達は自分の世界観の作り方が本当に上手で、日本人には無い感性を持っています。ポートフォリオの構成・文字フォント・バランス・紙選びなどのアプローチ方法を非常に大事にしています。そういった物作りへの姿勢とロンドンの雰囲気というか・・・僕自身が作る物の雰囲気も影響を受けて確実に変わりましたね。

それからノッティンガムを首席で卒業して、グスタボリンス(パリ)にスタージュに行きましたね。どういったキッカケだったのでしょうか?

スタージュ先を探すためにフランスに渡ったのは、単純にイギリスよりもフランスの方が好きなメゾンも多かったからです。渡仏直後から、グスタボ以外にもスタージュのためにポートフォリオを何社にも送ったりしました。しかし、ここでも新たな問題に直面しました。スタージュは本来、学校とブランドと生徒の三者間で成立するものですが、学校の後ろ盾がないとスタージュ先を探すのは本当に大変なんです。僕の出たノッティンガムはパリのメゾンとのパイプがほとんどなかったので、自力で探すしかなく・・・そういう経緯でスタージュ先を見つけるのには本当に苦労しました。(通常、フランスのファッション学校は卒業と同時に学校側が提携のあるスタージュ先を斡旋してくれる。有名な学校ほど、より有力なブランドとのパイプを持っているケースが多い) なので、グスタボから電話がかかってきて「作品を持ってきてほしい」と言われて、プレゼンテーションをして採用が決まった時は本当に嬉しかったです。

それまでは学生という枠でしたが、プロの現場に入ったことでの影響はありましたか?

もともと、自分の好きなブランドだったので、そのブランドの購入者側から作り手側に回るっていうので、あらゆる事に興味がありましたね。デザインのアプローチ方法から現場の雰囲気まで色々と勉強になったと思います。あと、将来的な自分の目標としてパリコレクションがあるので、実際にパリコレクションに出展しているブランドを見ることで、どのくらいの規模でそこに到達出来るのかという距離感も見る事が出来ました。

卒業コレクション時の作品

その後に、フリーランスで「Black Eyed Peas」のアーティスト「Fergie」の衣装デザイン等を手掛けたりしたそうですが、どういったキッカケだったのでしょうか?

学生時代の作品を観たようで、ある日急に向こうサイドからオファーが来ました。イギリスって、ファッションに本当に意欲的なんですよ。それぞれの学校で発表した卒業コレクションから学内でトップ10くらいに選ばれたイギリス中の学生が「London Graduate Fashion Week」でまた発表して競い合うんです。そこで、僕は運良く「Roar Talent」に選出されて、そこからプレスの方に見られる機会も多くなりました。そういった経緯で「Fergie」の衣装デザインの依頼も頂くことが出来たんですが、イギリスは本当に若手デザイナーへのチャンスが多く与えられる国だと思いました。

日本・イギリス・フランスという3ヶ国のファッション文化に触れてきて、ご自身にはどのような影響が与えられたと感じていますか?

う~ん。たぶん、全部が敷き詰まって今があると思います。雰囲気としては、フランスの影響が一番色濃く影響を受けていると思います。素材の面にしても、ヨーロッパのブランドのような素材感は大事にしています。いい意味でお利口さん過ぎないような雰囲気を大事にしています。あと、服からは少し離れますが、帰国してから愛国心は強くなりましたね。「日本人だって、やれば出来るんだよ!」っていうのを世界にみせたいですね。

Roots 4:ロンドンコレクションから、ブランドを立ち上げる意志が芽生える。

「強く思い始めたのはロンドンコレクションで発表することが決まってからでした」

ロンドンコレクションで発表した作品

ロンドンのPR会社「Blow PR」のバックアップで、自身のファーストコレクションをロンドンコレクションにて発表をしましたが、「自分のブランドをやりたい!」と思ったのはいつ頃ですか?

学生の頃から「いつかやりたい」と思うようになっていましたが・・・強く思い始めたのはロンドンコレクションで発表することが決まってからでした。「Blow PR」からオファーされた時は「自分には経験もスタッフもないから出来ない」って断りました。そしたら、次の日にまた電話が掛かってきて「考えは変わったか?」って言われたんですよ(笑)それでも「やっぱりスタッフが足りない」って言ったら、「『ロンドンコレクションに出る!』って言えば、人は集まるだろ!」って言われて(笑)とりあえず「人数が集まるようだったら、やります!」って言ったら・・・申し込み期限が3日しかなかったですが、ここでもまた運良く人が集まってくれて最終的に7人くらいの人に携わってもらって製作しました。

ロンドンコレクションで発表した時には、今のブランド名「liberum arbitrium(リベルム アルビトリウム)」で発表しています。この名の由来はなんでしょうか?

意味としては、なにものにも縛られたくない自由な服作り「自由意志」いう想いです。元々、ラテン語が好きで語感も意識しましたね。あと、一回聞いても分からないようなものにしたかったですね(笑)

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