Interview with Tomoaki Shinozaki

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体系的な"ファッションスタディ"を創る

ご自身でもファッションの創作活動をされていたということですが、現在のような企画活動を始められたのはいつ頃ですか。

大学時代にファッションに限らず、人の集まる”場”を作りたいと作ることがしたいと思ったのがスタートでした。ファッションショーの企画の他にも起業家と学生を繋げる会を企画していました。

”場”を作りたいと思ったきっかけは何かあったのですか。

特に無いですかね・・・。しかしどんな企画も”場”をキーワードにしているのは10年間一貫しています。

大学卒業後はIFIビジネススクールに進学されていますが、その時期の”場”を作る活動について教えて下さい。

IFIで出会った安達市三先生は、「コルクルーム」という1977年に設立されたファッションの情報室・ファッション企業が集う場を作っていらっしゃって、正に僕が理想としていたことでした。そして、この安達先生と共に業界で有名な方を招いてトークショーを開催していました。現在クールジャパン・ファンド社長の太田伸之氏やwrittenafterwardsの山縣良和氏、MIKIO SAKABEの坂部三樹郎氏、「拡張するファッション」の著者である林央子氏など創る〜売るまでの人と幅広かったですね。

IFIの授業でも「創」「工」「商」の三本柱で勉強していました。他にも同世代が立ち上げた企業と協力して「開服万博」というプロジェクトをやっていました。若手クリエーターの作品を売る場、学ぶ場、資材を売る場が一同に会するというもので、とても面白かったですよ。当時は何よりも熱意を形にすることが最優先でした。

現在の活動のルーツを垣間見ることができた気がします。ファッションが個人的に好きでデザイナーや編集者などを目指す若者は多くいますが、篠崎さんの場合は業界に対して熱意を持って取り組まれていたという印象です。IFI卒業後はアパレル企業にご就職されていますが、個人的な活動は続いているのですね。

はい。就職した後も安達先生のコルクルームの会員の方を対象とした勉強会を企画していました。一方で自分一人でもやりたいと考え、2005年に「palette produce」というプロジェクトを立ち上げました。ピカソやマティスがパレットを使い新しい表現を生み出したように次世代の表現(ファッション・デザイン・アート・音楽・劇等)を担う人達がこの「パレット」という場をきっかけに新しい表現を生み出して欲しいという思いからこの名前になりました。これまで以上に交流を重視し、ファッションからアート・デザインに領域を広げました。僕自身も学ぶ気持ちが強かったですね。

また、同じ時期に「ecolede palette」というプロジェクトもスタートさせました。1ヶ月に1度勉強会やワークショップを開催し、現代美術家の西尾美也氏を招いたりしていました。

共同企画とお一人での企画を平行して取り組まれているということですね。

それが基本になっていますね。分類すると共同企画はファッションがメインになっていますが、前にも述べた通り自主企画では領域が広いです。演劇講座、中国近現代史講座、家具のデザイン講座、思考力の鍛え方講座などを開催しました。また趣味でお茶と能を習っているので、能や狂言、歌舞伎を学ぶ日本文化講座も企画しました。

2011年からはファッションとアートを考える「ドリフのファッション研究室」のサポートに参加したり、語学学校の教養講座プロデュースでは歴史・文化・音楽・文学・芸能・ファッション・映画・アート全てのカリキュラムを組みました。トークショーだと単発で終わってしまうこともありますからね。様々な企画を通して考えるのは、やはり体系的に学ばなければならないということです。ファッションを学んで頂くためにファッション史・アート史・音楽史を併せて講座をプロデュースできた時は軸ができた感じがあり、また企画したい講座でもありますね。

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